フロリダ1100マイルの旅
T氏、H氏、S氏、O氏、作者K
1992年1月3日〜9日
成田発19:00UAに乗りサンフランシスコに着いたのは11:00私にとって
アメリカ本土の旅は今回が始めてである、これからおきることは予想がつかず楽し
みがいっぱいだ、ジーンズにスニーカーとう軽装で 13:45マイアミ発までの
乗り継ぎの時間を利用しサンフランシスコ市内観光ということになった。
タクシー1台に5人乗りゴールデンブリッジを観た、ばかでかいというのが印象だ
フィシャーマンズワーフでは、1年中観光客が多く、新鮮な魚貝類のレストランや
カニやエビをうる多数の店があった。その後銀行街ダウンタウンを通り、名物の坂
と路面電車も観てまわったり、飛行場に戻ったのは13:05でチップこみで、$
120払った。
2日目8時ホテルを出、エイビスレンタカーの事務所が開くまでに朝食をすませ、
9:20エイビスレンタカーを出発一路キーウエストへ、マイアミの海とヨットや
クルーザーが浮かんでいる、リゾート地を感動しながら走り、マイアミ市内をぬけ
1号線を南下キーウエストは、最南端の島で途中の島々を42の橋でつないだ、有
数のリゾート地だ、マイアミからは200マイルほどあり、途中の島も全てがリゾ
ート地で、南国らしいヤシの木やシュロの木が多く、美しい海と別荘やクルーザー
を、眺めながら走るドライブは、すこぶる快調、途中に架かる橋も白くどこまでも
続く、週末はこの道も別荘へ向かう車でいっぱいになる、左ハンドルにもなれ2時
にはキーウエスト着、日本食が食べたいと全員の意見、偶然、九州屋の看板が目に
飛び込む、テンザル、寿司、とんかつ、ビールをたのみ色々と情報を集めた、12
ドルでグラスボートのツアーに参加する事になった、4時発で運がよければサンセ
ットがみられる、船長は英語で全乗客に話しかける、何処からきたの、楽しんでい
って、となりにすわった日本人女性に、話しかけるとニョーヨークから来たとの事
、4年も住んでいるがここ最近レイオフが多く、確かに不景気らしい。ふねがおき
に出たところで、船底のグラスをとおして海の中を覗くが、あまり魚は見えない、
このへんの海は藻が多く、海の中はさほど美しくはなかった、それに比べて太陽の
沈む時の焼けた空と海の美しさは、見事だった、この夕日を観にたくさんの観光客
が、海辺の公園に集まっていた。
6時過ぎに船着場を出発、夜道を一路マイアミへ向かう、いいきなもんで全員ねて
しまう、100マイルほど走ってガス休憩、$14.5島では7%のTAXだが陸
では6%で、1%ほど安い、1L当り90円のガソリンをセルフで入れるのでは、
決して安くない、この後T氏に運転をバトンタッチ、23:30ホテル着、疲れた
ので早く寝る。私の部屋にはS氏とH氏も一緒なので、夕べ私のいびきにクレーム
がついたが、寝入ってしまえば、みんな同じようにいびきをかいているのだから、
おたがいさま早いもの勝、明日はニューオーリンズヘ行くぞとT氏。
3日目7:30起床白い砂浜のマイアミビーチを散歩、S氏曰くなんとかニューオ
ーリンズ行きを、断念させられないかとの事、最後の日位はゆっくりとゴルフでも
したい、ニユーオーリンズは確かに魅力だが、約2000Kうまくいって18時間
1人400Kはしれば、5人で2000K計算は簡単だが帰りも18時間残り3日
しかないのに、せっかくのフロリダ旅行も、ハイウェイを走っていただけと言うこ
とになりかねない、T氏も何を考えているのか、いくらデキシーランドジャズが聞
け、歴史のある町だとわ言え2000Kも走って、行く様な所には思えない、途中
まで行けばきっとあきらめるよとS氏をなだめる、それでも一応2日分の用意をし
出発95号線を北へ郊外へ出たところで遅い昼食、アメリカのハイウェイはうまく
出来ている、インターチェンジにたいてい、レストランがあり食事や休憩が出来る
今回はDAYS INで食事、ウェイトレスは品の良さそうなおばさん、若い子は
少ないそうだ、$6でバイキング形式の食事を進める、進められるまま思い思いの
ものを皿に取って食事、結構行けるとの事、私はコーヒーだけのダイエット食、
アメリカのコーヒーは、砂糖無しでも苦みがなく薄く、結構うまい結局1杯分の料
金で3杯飲んだ。しばらく走ったのに地図の上では幾らも走っていない、まずオー
ランドへ向かう、途中エアーフォースのミサイルやロケットの展示場を観て、NA
SAの発射基地や、アポロの展示場のあるスペースUSAへ向かう、ここで$6の
2階建のバスツアーに参加、アポロ11号の打ち上げや アームストロング船長の
月での活躍が、記録映画として見せてくれる、当時テレビにくぎづけになって、
月への軟着陸の実況中継を見たのを思い出した、実に感動的だった、その後スペー
スシャトルの発車台を見たり、ロケットの組立て工場を見てなんとでかいことか、
この国はでかいことが得意なんだ、と感心させられた、今の時代軽薄短小の時代、
日本の得意とした分野だ、病めるアメリカの原因がわかった様な気がした、だが富
んでいたときに、道路などの基盤整備を怠らなかったため、ハイウェー網は広いア
メリカを、隅々まで網羅している。日本も冨でいる今しか、社会資本への投資が出
来ないのではなかろうか、今ブッシュが日本へ向かっている頃だろう、アメ車をう
りに日本も貿易黒字の分アメリカの土地でも買えば、土地高騰も収まるし農業も競
争力がつくし一石三鳥だと思う、今の日本の若者は意欲がない、いずれ日本の競争
力も落ちてくる、世界で日本だけが繁栄し続ける、と考えるのも考えにくい、今年
はきびしい年になりそうだ、色々と他国の影響を受けるであろう。
こんなことを忘れに旅に来たのに、頭からはなれない、夕方レストランにたちより
私はスパゲティのミートソースをたべたが、麺は細く量が多い味はいまいち。この
あとモーテル捜し、最初$35高い、2件目$27まだ高い3件目$25ここで5
つのへやをとり、いびきの影響なくぐっすりと眠れるだろう、明日はディズニーワ
ールドだ、楽しみだ部屋に入ってテレビをつけると、アメリカ全体の天気予報をや
っている、あれだけフロリダ半島を走って、やっとオーランドまで来たのにアメリ
カ全土の、はなくそぐらいの広さのフロリダ半島を見て改めてアメリカの広さを感
じた、CNNを見ていてソ連のニュースやアメリカの失業問題が報じられている、
CMではアメリカのよき時代の歌や音楽のCDの通信販売のCMがしつこく流れる
1962のカントリーウエスタン、はるかなる河等のポピュラーCMが多かった。
4日目8時起床1人1部屋のモーテルの一夜は快適だった、モーテルから1分の所
のレストランで朝食、私は75¢のテイーと99¢のセット(パン2枚とスクラン
ブルエッグとポテトの盛り合わせ)安い、 他の4人はコーヒーとパンケーキ、ベ
ーコン、スクランブルエッグで$2.65安くてうまかった、一路ディズニーワー
ルドへ規模の大きさに驚いたマジックキンダムへ入場料$35ここは東京デイズニ
ーランドとほぼ同じ内容の所だ、この他の施設はゴルフコースが5つやエプコット
センターや、其の他多くの遊びの施設がモノレールで結ばれている、スペースマウ
ンテンとビックサンダーマウンテンにのり、ゲートを出てモノレールを乗り継いで
エプコットセンターへ行ったが、こちらも$35の入場料が必要なことが分かり、
マジックキングダムへもどりパレードを見て4時ごろデイズニーワールドを出発し
マイアミへ向かうフロリダ半島を半周する様な帰路を選び、西海岸の方を経由し全
く違った道を通ったにも係わらず、回りの風景は行きの95号線とほとんどかわら
なかった。気持ち良く走っていると、突然道のふちに駐車していたパトカーが見え
ヤバイと思った瞬間ブレーキをふんでも間に合わず、赤と青のランプを回転させ1
台後ろの車を追越しこちらに向かってくる、道の左に停車させられた、こんなとき
英語でなく日本語で対応するに限る、と何かの本で読んだのを思い出し、日本語で
何ですか紙に書いて説明された、リミット65マイルなのに78マイルで走ったと
のこと、国際免許と日本の免許を持ってパトカーの後ろの座席に座り、何がしかの
書類をとり出したヤバイ、バッキンダと思った、H氏とS氏が心配そうに見に来た
時、DO YOU SPEAK ENGLISHと我々に聞く、手を横に振り困っ
た顔をし書類を書き出す、私も覚悟し「あいあむそーりー」と謝った、すると
NON PROBLEM 問題無しひょっとすると助かるかもと思いつつ書類をも
らって、何か一言ったので、すいませんとちょこっと頭をさげた、口ひげをたくわ
えた人のよさそうなポリスと別れを告げ、車内で書類を見るとWARNINGと書
いてあり、これはキップでなく警告書だとO氏が言う、内心ほっとした この事が
あってからは最高速度を守って、変わらぬ景色を眺めながら走った、日も暮れ運転
もO氏に替わり人家の全く無い直線コースに入ったころ、ガソリンゲージランプが
点いた、地図を見ると次の交差点まで60マイルはある、約100Kそこまでは何
とか持つだろうと言うことになった、それにしても何もない道をしばらく走ると誰
ともなく、ガソリンがきれたら白旗でも振って車を止めよう、白い旗がないからS
君のパンツをぶらさげよう等、止まってくれた車があっても助けてくれるとは限ら
ない、T氏もやばい時には車で逃げられない、食料を積んでおけばしばらくは生き
られるとか途中で戻って入れればよかった、としきりに後悔する、こんな冗談も段
々でなくってきた、ガソリンゲージは完璧にEについている、前の車のテールラン
プがはるか先で見え隠れする、道が直線なので闇の深さが強調される、対向車もあ
まりない、全員ヤバイと思いつつともかく次の交差点でおりよう、とのことになっ
た、標識が出てきて75号線をおりた所、闇の中から高いカンバンが表れた、あれ
は間違い無くガスステーションだ、全員助かったと思った、$20をレジで先払し
セルフでガスを入れた、ここのコンビニで夕食をすませまたもとの国道をマイアミ
へ向かいホテルには10時着、明日のゴルフの時間をS氏とO氏に確認し床につく
1月7日最終日7時歩いてゴルフ場へ、前日フロントで場所を聞いていたので迷う
事無く30分で到着、貸しクラブ3セットとカート2台ボール14個8時にスター
ト、日本と違いうるさいこと言うのがいなく、気持ちの良いゴルフができた、何時
にスタートしようが、何を着てこようが何人で回ろうが、何時食事をしようが全く
自由である、カート道を走ろうがフェアウエーをカートで走ろうが自由である、グ
リーン回りや、カートに入って欲しくない所はロープが張ってある、我々の服装は
ジーンズや短パンにスニーカー上はTシャツ、後ろから来たグループは5人で回っ
ていたし、楽しければそれで良い。なんでこのスポーツが日本では規則ずめでステ
ータスと成るのか、サッカーやジョギングと同じスポーツの一種、楽しくやるため
に縦横にぎって始まった、ノータッチでプレーしてたがS氏はもぐったボールを
穴から出して打った、ペナルティだ冗談じゃないカートのタイヤでわざとのぼった
確かに前後のタイヤでのぼるとうちにくい、また私の打ったボールがスライスし林
をこえ国道のほうへ、結局暫定球を2球打ち行ってみると、一打目がセーフS氏は
悔しく条件の悪い2打目のボールでなければ認めないと主張、また池、バンカーは
$1罰金や英語禁止ホール作ったり、16番のショートホールではS氏と私は共に
池、S氏のボールはすぐ拾えたが私のは岸から1M、予備球がないしかたなくスニ
ーカーと靴下をぬぎ池の中へ拾いに行ったり、大変楽しくゴルフが出来た1時ごろ
クラブハウスで昼食を取る、ジョッキのビールを飲みながら集計、私はS氏に26
ドルの負け、結局私が昼食を持つことで話は着いた。私のたのんだローストビーフ
サンドはターキハムサンドに変わっていた、ウェイトレスが言うにはローストビー
フがなかったのでターキハムにしましたとの事、このウエイトレスをS氏とO氏が
気にいってやたら美人だとほめちぎるので、若干の間違いは許すことにした。ホテ
ルに帰りプールサイドでトランプが始まった、最初七並べをやっていたがT氏がく
わわると、さっそくオイッチョカブが始まった悪い習慣だ、ゲームが熱中しうみね
こがビーチパラソルの上にふんを勢い良くかけた、ふんがフライドポテトの上にか
かり、知らなかったO氏に執拗に食べることを進める、最初は知らずに彼も食べて
いたが途中で変だと気が付いた、うみねこのくそくって死んだ人いないから大丈夫
と変な気休め、そのとたんゲーゲーと始まった、S氏は彼自信の灰皿変わりのビー
ルの空缶を酔った勢いで灰ごと飲み干し、これまたゲーゲーとやっている、プール
サイドの美人を眺めながらのトランプゲームのひとときも楽しかった。夕方車でベ
ーサイドマーケットへいった、140もの店がありとあらゆる種類の店洋品、雑貨
レストラン等があり、ベイサイドからは帆船が出帆しセーリングを楽しむ人々いた
り、ステージではバンドの演奏を楽しむ人々がいたり、イルミネーションがすばら
しくこの辺一帯を明るく照らし出している、マイアミの夜を楽しむ人々でいっぱい
だ、私達も夕食は自分で好きな食べ物をオーダーし、海を眺めながら外のテーブル
で食事をする事になった、結局T氏だけが寿司を食べ他の3人はやたら厚く大きな
本場のビーフステーキ、私はこの半分の厚みのビーフステーキ、S氏は日本から持
ってきた宮ステーキのたれを車に置いてきた事をしきりに悔しがっていた、それで
もけっこううまいやはり本場だ、T氏の寿司はチャイニーズが手を米粒だらけにし
しての苦心の作で、ねたも多少干からびていたので心配しながら食べていた、この
後ステージのパフォーマンスを見て、ホームレスの人々の寝ぐらのわきを通った際
T氏はタバコをせびられ一本やり急ぎ足で車にもどった、慣れてきたマイミの道
を快適にとばしホテルの近くまで来ると男5人考える事は一緒でアダルトショツプ
を捜したが結局見つからず部屋に戻った、T氏はこの夜多少下痢気味だとの事、私
の想像では明日の帰国での、仕事のプレッシャーで下痢が始まったのだと思う、彼
はよく神経性の下痢にかかりやすいタイプだ、彼とタイでなまカキを食べた時、私
はひどい下痢にかかり彼に病院に連れていってもらったがかれは平気だった、食べ
物では当たらないタイプだ。ともかくアメリカのでかさを感じた旅であった、マイ
アミからとびたった飛行機は、ずーとアメリカ上空を飛び続け丸い畑を見て改めてその広さを感じた、今度はロスの方へ仕事で共に苦労した仲間同士でいてみたい
ものだ。
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