| 自転車に乗ったブタ君何処へ行く 1996年1月4日成田発11:00GA873便の32名のツアーは、私にとっても印象深い旅となりました。赤道を通過しジャカルタ空港で降り、初めてルピーに両替した時は1万円で19万ルピーもくれ、一挙に大金持ちになった感じ、分厚い札をポケットへ意気揚々と飛行機に乗り終点デンパサールへ。クタビーチに面したバリ インターンコテージは部屋の冷房もききプールも2つあるそこそこのホテルだ、日本人のスタッフもいるし安心だ。翌朝のキンタマーニ観光にそなへ早く床に就く沿道のヤシ木を眺めながらのバスツアー、全員浮き浮きの車中はともかくにぎやかだった、前から自転車にのったおじさんが、我々の大型バスとすれ違いざま、測溝へひっくりかえってしまった、その荷台に仰向けに縛り付けられていたブタが、あばれるはそれはもう大変、車中大爆笑。山は雨期のせいで雨、ランチが終わり外へ出ようとすると、おみやげをもった売り子10人以上にかこまれ、千円千円の声、Tシャツが1枚千円が段々10枚千円、バリ中何処へ行ってもこの調子、この大型バスの運転手の月給が、約40万ルピー(2万円)千円がいかに価値のあるお金か、売り子の一生懸命さが理解できる、ディナーはショーを見ながらのロブスター料理、全員大満足、ホテルへ着くと菊地専務が1日遅れでツアーに参加。翌日はラフティング(ゴムボートによる急流下り)岩にぶつかる時のスリル、パイプの下をくぐる時に伏せたり、滝の下を通過する時に水をかぶったり、楽しくなれて来たころボートの速度が早まり、大きな岩にぶつかったと思った時、ゴムボートは真横になり我が女房と小倉さんが、川へ転落ガイドがあわてて助けに川へ、二人が落ちて軽くなったボートは下流へ、浅瀬に止め待っていると、上流より3人が別のボートで下ってきた、ずぶ濡れの女房さぞ怒っているかと思いきや、結構さっぱりとして一安心、2時間の急流下りが終わり、バイキングのランチ、ホテルへ帰って、女房共々流された草履の替わりを購入、20000ルピーを11000ルピーまで下げた、クタの町はおもちゃ箱をひっくり返した様な町だ、歩くと土産売りがひっきりなし寄ってくるし、立ち止まれば囲まれるし、ともかく活気のある街だ。夕食に日本食レストランに入ると、和服姿の南洋では美人のウェイトレスたちが、日本語でイラシャイマセの元気な声、オーナー夫婦に毎日楽しそうでいいですねと、話しかけると、これで結構大変何ですよとの事、醤油とソースの区別はつかないし、鉄火丼にワサビをつけるのを見て、気をきかして天丼、カツ丼にもワサビをつけてくれて、大変何ですよ・・・うまそうな寿司はがまんして、カレーライスとビール、食事が終わりチェックプリーズと言うとオカンジョウ、オカンジョウ、とインドネシアなまりの日本語で、おかみさんと話していた、若い女の子に囲まれ楽しそうな職場だ。翌朝ホテルのレンタカーを借り、ヌサドァへ案内、整然と刈り込まれた芝、清掃の行き届いた広い道雄大なホテル群、別世界だ階級社会を見た、帰り道クタ市内でポリスに呼び止められた、停止線オーバー、免許証と車検証をとられ、ポリスに連れて行かれ、15000ルピーの違反を2つ計30000ルピーとの事トウーエキスペンシブ(高すぎる)と言うと、20000ルピーではと言うので、まだ高い、分かった10000ルピーでいいと話がついた、現金がないので後でもってくる、解った車検証をあずかっておく。東京ラーメンでお昼をすませ、ポリスより怖い女房の機嫌をとり、この国の事情を説明なかなか理解してくれないが、郷に入ったら郷に従えだ、ポリスへ10000ルピー届けると、握手を求められサンキュウと快く車検証を返してくれた、ふざけるなこの野郎・・・・。最後の日斎藤氏と川島氏でゴルフを楽しんだ、ヌサドァの予定を急きょ変更し、山の上で涼しいバリハンダラーゴルフクラブへ、1人に1人のキャディが付き、わが主人を勝たせる為に一生懸命だ、グリーンのラインの読みは非常に正確だ、敵にはうそを教えたりプレッシャーをかけたり、わがパートナーには、アドバイスをしたり、景色はきれいだしグリーンは整備されてるし、ぞうりでプレーしようが、問題なく1日楽しく過ごせた、終わりごろ雨に降られたが、待たせておいたタクシーに乗りホテルヘ往復80000ルピー、100Km 以上ある道のりだから高くはないと思う今回の旅行は手術間もない、渡辺さんと滝田会長が行けた事が最大の収穫だった、生涯忘れ得ぬ旅になったと思う、4泊し朝食4 昼食2 夕食2 機内食5で観光、ラフティング付きで¥101,000円は本当に安かったし楽しかった。 |
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